瀧本ゼミ政策分析パート 新歓特設ブログ

このゼミは、京都大学の瀧本哲史客員准教授の下、自ら関心のある社会問題に対する解決策を立案し、ロビイングや社会起業、学術研究などの政策にとらわれない手段によって実際に問題解決を図る、東大を中心とする自主ゼミです。詳しい情報はこちらへ http://seisaku.strikingly.com/

医学部生だからこそ見える瀧本ゼミの魅力

(本記事は2016年秋時点での内容となります)
本日は瀧本ゼミ政策パート5期生で、慶應大学医学部5年で、現在ある行動による糖尿病の疾患リスクについてプロジェクトをゼミで立ち上げたSさんにお話を伺います。






・今日は宜しくお願い致します。

S:宜しくお願い致します。

・Sさんは今年、5期生で入られたという事で、現在ゼミで活動をされていますが、ゼミに入られたきっかけはどういったものがありますか?医学部生でこのような環境に入ってくるというのは珍しいのではないかと思いますが。

S:2年ほど前に、高校の同級生で、関西の大学の大学の文系の学部に進んだ友人たちと久しぶりに飲む機会がありました。会ってしばらくは他愛もない話をしていたのですが、途中から将来どうしたいか、というような話になりました。
 そこで非常に驚いたんですが、彼らのうち一人は小説家になりたいと言っていて、もう一人は芸術家になりたいと言っていたんですね。僕はあまり自分の将来ということについて深く考えたことはなくて、二人がすごく自由に自分の将来を考えていることにびっくりしました。例えば芸術家の方だったら何年にイギリスのどこそこ大学に留学して、帰ってきてどこそこに入って、みたいなキャリアプランを描いていましたね。
 他にもその2人と話していて驚いたことはたくさんあって、例えば二人が話していた内容が、「文系の発想と理系の発想とはどう違っていて、両者が組み合わさったらどういうシナジーが得られるのか」とか、当時の自分には非常に衝撃的で覚えていない部分も多々あるのですが、要は非常に哲学的な議論で、これは自分にとってはある種の「カルチャーショック」でした。今でもその日の体験は印象深く残っています。

・なるほど。そういう体験は医学部の学生生活では余りなかったですか?

S:そうなんです。まず、将来について深く考えたことがなかったということ。医学部というのはとても変わった学部で、卒業生のほとんどが医師になります。だから、学部の同級生がほぼ全員同業になるということになります。で、そのような集団の中にいると、どうしても「自分は当然医師になるものだ」という固定観念があって、それ以上深く考えなくなると思うんです。日常生活の大部分を同じ学部の人と過ごしますからね。なので、「そうか、探してこなかっただけで他の道もあるんじゃないのかな」というのがまず感じたことです。
 もうひとつは、医学部では医学しか学んでこなくて、そもそも哲学なり文学なり学んだことがないなということ。これは、別に哲学を学んでいたほうが良かったとか、そういう意味ではないんです。ただ、二人はそれぞれ別の文系の学部にいて、別のバックグラウンドを持っているからこそこういう議論が成り立つんだろうなと思いました。二人はとても自由に議論していたのですが、その光景が、大学で医学しか学んでこなかった自分にとってはとても新鮮でした。自分は二人みたいに議論をする土壌というか、そういうことを考えたこともなかったなあと思いました。それに、二人は私とは全然違った思考のパターンだったので、それもすごく刺激になりました。同じ事実でも、人によって捉え方が全然違うんだなと思ったんです。

・なるほど。やっぱり違う分野だからこそ、そこから出てくる話題は新鮮で、面白いという事ですか?

S:そうですね。そういう意味で、Tゼミのように、全く違ったバックグラウンドを持つ人が日常的に集まれる場所があることはいいなと思います。ゼミ生それぞれが異なったスペシャリティを持っているからこそ様々な議論が成り立つと思います。一応申し上げておくと、医師になるという選択が正しくないとかそういうふうに言うつもりは全くありません。ただ、他の選択肢が存在していて、その選択肢でもバリューを出せる可能性があるのだったら、他の選択肢も検討してみても良いのではないかという事です。

・なるほど、それで外の分野を求めて、Tゼミに入られたんですね?

S:いや、実はそこからもう一段階あって(笑)。その後、法曹の資格の勉強をはじめました。始めた理由は色々あるんですが、ひとつには大学で臨床医になるための勉強をしていて、面白かったのはそうなのですが普通の臨床をやってていいのかな、どういう進路を進めば良いのかなという思いがあったからです。関西に行った友人たちと話してからですね。

・それは凄い挑戦ですね。先ほどの話を受けてという事は、やっぱり違う分野を学んでみよう、という事ですか?

S:そうですね、それは一つ大きいですが、他の動機としては純粋に法を学んだら楽しそうだなというのもありました。もとから法学面白話というか、法学関連の、一般的なイメージとは違った事例をいくつか知っていて、それで興味深いなと思っていました。
 例えば、民法の条文には「第三者」という文言が数カ所に登場します。これらは非常にざっくり言うと「登記をしておかないと不動産の取得などを第三者には主張できない」とか、「詐欺にあって物を騙し取られても、事情を知らない転売先の第三者には詐欺に遭ったことを主張できない」といった文脈で用いられています。
 ですが、衝撃的なことに、すべての条文で「第三者」の意味が異なっています。例えば、一番有名な「第三者」は177条の「第三者」ですが、これの意味は判例ベースで「当事者もしくはその包括承継人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者」のことを指します(大連判 明治41・12・15)。「第三者」の意味が場所によって異なっていることも驚きでしたが、ひとつひとつをとっても、意味が日常的に使われる第三者の意味とはかけ離れて用いられているということが興味深かったんです。
 つまり、何気ない言葉一つでも、定義によって意味が千差万別に受け取れるというところに感銘を受けました。
こういうことを、法学の勉強を始める前から知っていて、それでとてもおもしろそうだと思ったんですね。実際始めてみたら医学とは全く違う考え方を持つ学問で、非常にためになりました。

・なるほど。どの辺りが医学と法律で違いがありますか?

S:まず、自然科学ではある程度確かな事実がまずベースにあって、そしてその上にも、基本的には誰の目にも正しいロジックが乗っかって、結論ができています。例えば「肺癌(扁平上皮癌)の大きな原因はタバコである」という(ほぼ)100%正しい事実があり、この上に「曝露物質を減らせばその曝露によって起こる病気が減らせる」というロジックが加わって禁煙キャンペーンになるわけです。
 ところが、法律だとまず事実が何かということが問題になる。さっきの例で言えば、「第三者」とはなんぞや、という話になる。上の177条の「第三者」の定義も、判例上そうなっていると言うだけで別の学説もありますからね(そもそも判例自体がかつては別の立場を取っており、判例変更によって上のような定義が確立されています)。
 そして、ロジックも色々なつけかたがある。例えば、仮に「教室でものを食べてはいけない」という条文があったとして、「食べてはいけない」だから飲むのは自由だと考えるのは反対解釈、条文の趣旨は「ものを食べると音や匂いが出て迷惑だから」だと考えて、食べるときに匂いや音がでないものなら食べて良いと考えるのが縮小解釈(限定解除)、食べるのがだめなら飲むのもだめだろう、と考えるのが類推解釈です。
 このように、ロジックも妥当性がそれぞれあり、優劣がつけにくいロジックが複数成り立ちうるわけです。
今まで基本的には自然科学しか学んでこなかった私ですが、法律を勉強してみて自分の価値観がひっくり返されたような感じがしました。それと同時に、複数の専門性を持つことの面白さと、専門性が違う人が共通言語で話し合うことの困難さを感じました。共通言語で話し合うのが難しいというのは、事実やロジックの受け止め方が学問領域によって全く異なっているからですね。なので、分野が違うとここまで考え方が違うのかと驚いたのは大きかったです。

・そこで、瀧本ゼミのような異分野との繋がりがあるような場所に飛び込んでみようという決定をなさったのですね?

S:そうですね。そういう意味で、Tゼミという環境はとても好きです。色々な専門性の人がいるから多面的な価値観で物事が見れるし、皆がある程度同じレベルの議論のスキルを持っていることで、異なった専門性の考え方でも共通言語化して話し合うことができているからです。
 私がゼミに入ったきっかけに話を戻すと、自分がどう働けば良いのかなと思って、ダブルライセンス(医師免許と弁護士資格をどちらも持っている人)の人に何人か会いに行ったりもしました。それでも自分がどう働ければ良いのか全然わからなくて、それで、そのダブルライセンスの方を紹介してくれた人がゼミをやっているらしいという事で、誘われたのがきっかけでした。




瀧本ゼミの魅力


・入ってどうでしたか?

S:面白いから法律の勉強を始めたんですが、ダブルライセンスでどういう仕事をしたいかを自分の中で考えられるようになったと思います。
 日々の議論から得られるものもありますし、あとはTゼミが掲げているOSINTのスキルはとても役に立つなと思います。
 「イシューからはじめよ」という有名な本がありますが、“「悩む」 =「答えが出ない」という前提のもとに、「考えるフリ」をすること、「考える」=「答えが出る」という前提のもとに、建設的に考えを組み立てること“という一節がありますが、それは本当にその通りだと思います。
 振り返ってみれば、Tゼミに入るまでの私は典型的な「悩んでいるだけ」の人間でしたね。ただ漠然と悩んでいるだけでは、解決策は見えてきません。分からない事は自分できちんと調べれば分かる、というのはゼミに入って強く実感しましたね。ダブルライセンスの話とかもまさにその通りで、ファクトを集めて、どう行動するのが正しいのか考えて方針を決定するのが正しいやり方だと思います。分からないことが分かる、という実例としては今私が調べているイシューもそうですね。

・特に医学部生にとって、入るメリットってどのようなものがありますか?

S:医学系のイシューはまだまだあるな、というのは実感として思います。つまり、「社会的にはまだあまり知られていないような医学の知見で、社会全体に浸透すれば大きなインパクトがあること」、というのはたくさんあるなあと思いますね。私が本郷で発表させて頂くイシューもそうです。
 他にはTゼミが動いて千葉県で条例ができることになったAEDも、今は誰もが重要だと思っているけどかつては誰も知りませんでした。他にも、ヒートショックという日本で起こるお風呂での溺死に関して、余り研究はなされていないようですが、年間1万5000人以上もの人がなくなっていて、室温とお風呂の温度差が重要な事から、建築の分野との協力が重要だという事がゼミ生の発表でわかり、これは大変おもしろかったです。
 何が言いたいかというと、皆さんの医学知識を動員すれば世の中はもっともっと良くできるということです。そして、逆説的ですが、医学を知っている人だけがいても世の中良くなりません。特技がそれぞれ違う人、異なるスペシャリティを持った人が集まっていることが求められます。Tゼミなら、そういう場を医学部生の皆さんにご提供できるのではないかと考えています。


・ゼミ全体としての魅力を教えてください

S:今まで自分がいた環境と違いすぎていて難しいですね。一番魅力的だなと思うことを挙げるとするなら、闊達に議論する土壌があるということでしょうか。
 これはTゼミに入ってから知った言葉なのですが、「悪魔の代弁者」という言葉があります。これは決して悪い意味ではなくて、議論を活発に進めて建設的なものにするために、思ったこと・感じた疑問について率直に、鋭くツッコミを入れてくれる人のことです。あえて各ゼミ生が別のゼミ生の発表に対して「悪魔の代弁者」になることで、発表する人もきちんとリサーチしないといけなくなるし、聞いている人も真剣に聞かないといけなくなりますよね。これ、本当は議論をよいものにするためにとても大事なものなわけですが、普通の会議、一般的な議論では残念ながら行われていないですね。


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 実生活でこれをやってしまうと軋轢が生まれたり、人間関係が崩壊したり村八分に遭ったりしてしまうわけですがTゼミではそれが許されている、というよりむしろ推奨されていると思います。それは、発表の疑問点を追及するのは決して発表の人格を攻撃するためではなくて、よりよい発表・よりよい解決策を目指すことに資するためであるという共通認識がゼミ生全員に行き届いているからだと思います。このような環境でファクトに別の解釈の余地があるのではないか、別のロジックもあり得るのではないかと考えることを訓練できるのが最大のTゼミの魅力かなと思います。

・ゼミ志望者に対して一言

S:先程も言いましたが、入るかどうか悩まれている場合には一旦入ってみたら?と思います。というのは、もしもやめることになっても失うものはないし、ノーリスクだからです。これは学生の強みだと思います。
 これは政策を実現するためにロビイングする時などもそうですよね。学生であれば、例えば政治家とかにロビイングをしてコケたとしてもノーリスクなわけです。一方、社会人だとそうは行かないでしょう。会社でやってきたことがコケればそれなりのダメージを喰らいますよね。会社のプロジェクトじゃなくても、「就業時間外にロビイングしてたんですが大失敗でしたー」となるとなんじゃそりゃって話です。
 そういう意味で、いわば何にでも挑戦できる学生というポジションを保てる期間はそんなに長くはないわけです。僕は5年生になってTゼミに入り、そのことを若干後悔しているので、皆さんにはぜひ早いうちからTゼミに入っていただき、様々なスキル(武器)を身につけてほしいなと思っております。

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「本当に大事なのはオリジナリティなのか?」ゼミ5期生渡邊さんインタビュー

(この記事は、2016年秋時点での内容となります)
今回は、今年度春に入ゼミして瀧本ゼミ5期となり、痴漢問題に取り組まれている慶應大学法学部政治学科2年の渡邊みなみさんにインタビューです!今回は渡邊さんにダイバーシティから見る瀧本ゼミの魅力や、渡邊さんが取り組まれている問題についてお話いただきます。
また本インタビューは対談形式として、ゼミ上級生の慶應大学医学部6年の石橋がインタビュアーを務めます。


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「ゼミに入るまで」

石橋:今日は宜しくお願い致します。渡邊さんは突然ゼミにいらしたという印象があるんですが、渡邊さんがゼミに入られた理由を教えて頂いても良いですか?

渡邊:自分は慶應大学に入学し、大学の授業のような受け身な勉強ではなく、もっと知的好奇心の持った人達と問題追究をしたいと思ってあるサークルに入ったんですが、そこでの議論や政策検討などが、なんとなく自分に合っているように見えなくて。自分は大学に入りたてでしたし、深い知見があったわけでもないですが、周りと物事を考えるベクトルが違う気がして、そこにとても苦しい覚えがありました。そんなところ、たまたま瀧本ゼミを知って、瀧本ゼミに来ました。

石橋:それは行動力がありますね。今まで入られていた団体のどういう所に不満を持って、いらしたのですか?

渡邊:私は今大学2年生なのですが、大学1年の間にいたサークルは、ディスカッションする中で、そこで出されているオリジナリティって本当にオリジナリティなのか?って 疑問に感じるタイミングが結構ありました。
例えば、「今日は農業の衰退について考えよう!そのための政策立案を考えよう!」と、なった時がありました。その時に、みんなでオリジナリティが大事って事で、スマートフォンとかを使って、色々個別の事例は調べるんですけど、問題を深堀りしないんですよね。「農業に若い人が足りない」って話は調べれば一瞬ででてくると思いますが、そこから「じゃあ若い人を集めないと!」みたいになってしまうんです。原因を深く追究する事をせず、原因を調べた上で一番効きが大きいところに打ち手を考えるという事もないんです。今思うと、凄く恥ずかしい話なんですが、当時流行だった若手アーティストのパロディを農村の方達がやって、一時的にその村が若者に注目されたというニュースを見て、飛びついてしまい、みなで堂々とその事例について、「このオリジナリティが日本の農業を救うね!」と感心していて、ひとりだけで虚無感を覚えていたのを記憶しています。かと言って、自分自身でどうやったら徹底的なリサーチのもと原因分析ができるかもわからなかったので、どうすることもできずただ苦しい日々が続き、本当に行き詰まっていました。

石橋:なるほど。確かに、そのような取り組み自体は悪い事ではないとも思いますが、やったとしても、簡単に真似されてしまうかも知れませんね。あとは、一時の流行で、暫くすると目新しさもなくなってしまうという事もあるかも知れません。

渡邊:そうなんです。そういうのって寧ろコモディティ(注:市場に流通している商品がメーカーごとの個性を失い、消費者にとってはどこのメーカーの品を購入しても大差のない状態のこと。転じて、そのようなビジネスやアイディア、人材。)って言うと思うんですけど、結局根本的な問題を解決できていないと思いました(そもそも根底にある問題は何なのかを調べてないわけですが)。例えば、こういうアイディアっていわゆる、「ゆるキャラ」もありましたけど、ひこにゃんくまモン辺りまでは個性的で良かったかも知れませんが、その以降はみんな真似すれば上手くいくという訳ではなく、更に多くのキャラクターが出て、埋もれてしまいましたよね。
寧ろ本当に必要なオリジナリティというのは、全然違う分野とか、誰も知らない オープンソースとかを組み合わせて、誰も知らない情報や示唆を使って、何かを作り出す、良い打ち手を探すという所にあるのではないかと自分は思っています。
例えば、このゼミでは、ある小売店の企業の出店戦略を調査する場合でも、既存の調査で、そのような調査がなされていない事も多いので、Googleマップに小売店や競合、出退店時系列データ、自宅数、関連施設などを入力し、出店の傾向や競合に対する戦略を分析しています。そういう自ら作るデータや、他の誰もが持っていない事実がオリジナリティを生むのではないかと思っています。

「現在のプロジェクトについて」

石橋:なるほど。確かに単にオリジナリティというよりも、徹底的に調べる、そしてそこから多くの人が知らない新しい示唆を出するというのが強みになるという事なのかも知れないですね。例えば、渡邊さんは痴漢の問題に取り組まれていると思いますが、その問題に取り組まれている中での、新しい示唆は、どういう所だと思っていらっしゃいますか?

渡邊:痴漢の政策はどのように検討され、実行されているかということについて調査したのですが、大半は強い根拠で政策が実行されていた訳ではありませんでした。例えば、2011年の警察庁のある報告書でも、一般女性にアンケートを取り「どのようなことをすれば、痴漢はなくなると思いますか?」と聞き、その政策を痴漢対策として導入しましょう、という見解でした。 ちゃんと効果があることが証明されているわけではないし、みんなが思ってること=正しいという訳ではないと思うんですよね。そこで、痴漢ではなく、もっと範囲を広げて、犯罪学の中の防犯分野をリサーチし、何が防犯の決め手になるのか、つまり犯罪抑止効果を持つ条件などを探していきました。
なので、まず、きちんとリサーチをするという所と、その分野に知見がない時は他の分野からの知見を積極的に引っ張ってくるという事は大事なんじゃないかと思っています。

石橋:それで、痴漢問題に対する、良い解決策は見つかりましたか?

渡邊:そこで出てきたのが実は電車内の防犯カメラ設置なんですが、防犯カメラって実は二つの条件がそろってないと犯罪抑止効果を持たないんです(島田貴仁 防犯カメラ-効果ある設置・社会的受容に向けて-)。その条件は防犯カメラの認知と逮捕リスクの認知。
つまり犯罪者がそこに防犯カメラがあると気づき、さらにそこに自分が映ることで逮捕されてしまうリスクがあると感じなければ抑止効果はないという事が既存の研究で証明されている事が分かりました。
電車の車両場合ですと、カメラの見た目や位置(出入り口などBrandon ,2002)を工夫すれば、認知は必ずされます。また現在、満員電車でのみ、しかもその中でも逃げやすいドア付近や、駅間の時間が長い時(例えば池袋―新宿の五分間)に痴漢は発生する率が特に高いことからも、痴漢は逮捕リスクによって、発生頻度が大きく変わる事が分かりました。よって現時点で痴漢に対する監視カメラの抑止効果に関する研究事例などは、ありませんが、おそらく防犯一般の知見からは、防犯カメラを導入し、抑止効果のある状況で車内に設置を行えば、痴漢の抑止効果はあると考えています。


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【発表時のスライドの一例:ドア間の発生が多い】


なので、今後は設置後の痴漢発生率の調査や研究、設置車両と不設置車両の比較、告知の有無による被害の増減などを調べていきたいと思っています。

石橋:ありがとうございます。自分が最初にこのアイディアを聞いた時は自分の分野と、近い知見があると思いました。自分は健康やそのリスクに関して研究をしているのですが、健康コミュニケーションの分野の一つの行動変容の手法として、その行動を取る事のリスクを告知をする恐怖喚起コミュニケーションというものがあります。まさにこれは痴漢の監視カメラ設置や特にその逮捕リスクの告知と、行動のリスクを告知するという点で全く同じなのですが、健康分野では、この手法はコミットが弱い人(例えば喫煙者への肺がんのリスク広告ならば、喫煙を始めたばかりの人や、喫煙を止めるか迷っている人)に、より効果的と言われています。そう考えると軽犯罪である痴漢にもこの考え方が当てはまる可能性が十分あるのではないかと思いました。

渡邊:その可能性は十分に考えられると思います。今の話を聞いて思ったのは、恐怖喚起コミュニケーションの効果を測定するために、カメラの形を変えてみて、それぞれの抑止効果を検証をしてみるのも良いかと思いました。防犯カメラには基本的に二種類あります。ボックス型カメラと言って皆さんの想像する箱型の防犯カメラ。もう一つはドーム型カメラと言って真っ黒でドーム型の証明器具に似た形のカメラです。ボックス型カメラの方が見た目からしても認知は絶対にされやすいと思うので、数値的な優位性が示せれば、現在埼京線の一両目で使わているドーム型カメラに対しても、ボックス型カメラに変えられるよう働きかけることも検討できますね。

石橋:自分の分野では結構良く言われている事なんですが、痴漢や犯罪でもそのような仮説が正しいかは自分でも分かりません。でも、効果があるか分からないなら効果を証明すれば良いし、自分達で調査してみると良いと思いますよ。

渡邊:こうやって自分が持っていた仮説が、違う分野でも正しそうだと確認できるという所にイノベーション(革新)のタネが眠っていると思います。ゼミ中の議論でも、専門性はもちろん、興味や強みのある分野(軸)がみな違うからこそ意見にもオリジナリティがあると思います。ただ根拠なしに言いたい放題という状態ではなく、ロジックをもってお互いしっかりとフィードバックできるシステムだからこそ、組織として絶えず新しい打ち手だったり、戦略の打ち直しができるのだと思います。例えば、ヒートショックというお風呂の中で死亡する人が年間1万人以上いるという問題では、医学部の方が血圧変化と溺死の関係からのアプローチを建築の方が部屋の温度差と血圧の関係からのアプローチを取られていて、両方の分野から協力する事が問題解決に繋がる事が理解できました。
ダイバーシティのあるチームこそがパフォームするし、ゼミ生がいろんなバックグラウンドがあるのが、自分達の打ち手を良くしてくれるというところは色んな場面で感じています。

石橋:実際、それは正しい面はあって、多くの研究でもダイバーシティイノベーションを増やすという事が指摘されていて、特に性差や人種差よりもスキルセットや教育背景が重要という事も指摘されているようです。正直、今回の事例がイノベーションに当たるかは、まだまだ今後の活動の進展次第かなとも思いますが、こういうようなバックグラウンドから飛び抜けた結果が出るのは確かだと思います。

「瀧本ゼミの魅力について」

渡邊:そういう意味でも、このゼミは複雑な課題に向けて、多く分野の専門や関心を持った人達を横断的に集めようとしているというのは良いのではないかと思っています。自分が前いた団体では、皆が似たような、同じような知見、つまりはニュースだったり常識のもと、リサーチをして仮説を立てていたので、本当に狭い枠の中でしか議論が進められず、枠にハマってることに自分を含め誰も気付けませんでした。今では本当に色々な観点、切り口から意見が出てきていて、学際的で枠にまとまらない議論が常に展開されるため、とても良い意味で知的好奇心が刺激され、楽しいです。こういうところからオリジナリティのある発想が生まれるのではないかと思っています。
後、前の団体とは明確に違うのは、実行段階まで考慮して徹底的にリサーチや検討をして、色々な人からアドバイスを貰いながら、自分で動いていける所も魅力的だと思っています。私自身、ゼミがこのような実践的なシステムをとっていたからこそ、何がボトルネックなのかを特定するリサーチの深さだったり、検討・発表の際にメンバーからの徹底的に反証によって力がついてきたと実感しています。

石橋:ありがとうございます。渡邊さんは、今後はこの問題に関して、どのように動いていくつもりですか?

渡邊:痴漢という社会問題は、みなが知っているのにも関わらず、実は定量的なデータがほとんどそろっていないのが現状です。路線別、時間帯別、更には大都市の中でも地域別で定量的な測定を始めることを優先的に進め、エビデンスを作るというところから始めていきたいと思っております。そして、作ったエビデンスをもとに、痴漢の抑止効果の研究、その中でも防犯カメラの効果実証を学者と協力して進めていくことを目指しています。

石橋:今後も頑張りましょうね。最後に、これから入るゼミ生に向けて一言お願い致します。

渡邊:色々難しい話をしてきたように見えますが、私自身、最初は何をどう調べれば良いのかも全然わからなくて、ゼミ生の方が例えば、リサーチに関しては国会図書館でリサーチ会をやって下さったりとか、徐々にどのようにすれば良いイシューが見つかるのか、どうリサーチをすれば良いのか、暗黙知を教えてくださったと思います。入る当時は国会図書館に行ったこともなかったし、パソコンも使えず論文も調べたこともなかったです。あと、確かにこのゼミは専門性がある人も多くいますが、専門性にも色々な視点があって、広報的な側面でバリューを出す人もいれば、丁寧にリサーチをすることでバリューを出す人もいます。理系でも院生でもなく一年間般教ぐらいしか授業がなかった私でも、逆に枠に当てはまらないで考えることで相手が気づかなかったことを指摘してバリューを出せています。

なので、自分自身の強みを知って、それを活かして戦うという事を意識すれば良いと思います。その強みとは何でも良くて、むしろ言語化しづらいものの方がバリューがあるとも思います。例えば、私自身4歳から海外生活を送っていて、小学校までカタカナを半分しか使えませんでした。正確に言うと、カタカナのコの向きがどっちかわかりませんでした。にもかかわらず、一度も親から帰国子女枠で受験をさせてもらったことがありません。そのような環境から自力で何かを勝ち取ろうとする力やそのプロセスの中で苦しみに耐える力が芽生えたと思います。こういった力がゼミのリサーチやイシュー探しに大きく影響していると感じています。
最初は自信がなくても、自分の隠れた強みや、それを活かした戦い方に気づいて、実践することができる、そういう場が瀧本ゼミだと実感しているので、是非安心していらして下さい。みなさんがお越しになるのをお待ちしています。

石橋:渡邊さん、この度はインタビュー、ありがとうございました!

説明会・瀧本ゼミの詳細はこちら!